『Circus』 エリック・クラプトン | 今週のBGM

ギター エリック・クラプトン おすすめ音楽

『Circus』エリック・クラプトン

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 リリース日:1998.6.10

【この曲について】

1.「どんな気分のときに聴きたい? もしくはどんな気分になる?」

  • 朝の目覚めにピッタリ。穏やかで爽快な気分になれる。
  • 朝の木漏れ日のきらきらとしたイメージ。

2.「聴きどころは?」

  • 爽やかなアコースティック・ギターサウンドと、しっとりと落ち着いたすごく柔らかい歌い方で、とことん聴き心地がいい。
  • ギターソロを弾きつつその間にアコギのリフが入る。そのギターの掛け合いが何と言ってもおしゃれ。いつまでも聴いていたくなるサウンド。

3.「曲の概要」

 原曲名は『Circu Left Town(サーカス レフト タウン)』

(邦題:サーカスが街を去った)

 

4歳半の息子とサーカスに行き、その翌日にその息子を転落事故で亡くしている。

この曲はその亡くなった息子に当てた曲のひとつ。

他にも、亡くなった息子あてに作った曲では『Tears In Heaven』が有名。

 

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アーティストの概要

「Eric Clapton」(エリック・クラプトン)

 

1.アーティストの特徴

 

《ルーツ》

主に「ブルース」に強い影響を受けている

  • エルヴィス・プレスリー
  • バディ・ホリー
  • ザ・バンド
  • ロバート・ジョンソン
  • マディ・ウォーターズ
  • B・B・キング
  • フレディ・キング
  • バディ・ガイ

 

《アーティスト名の由来》

  • 本名「エリック・パトリック・クラプトン」から引用。
  • 他にも「スローハンド」という通り名がある。これは、チョーキングを多用して指の動きが遅く見える演奏スタイルや、長時間チューニングにこだわり、なかなか終わらないところから名付けられた。

 

《音楽を志したきっかけ》

  • 祖母はピアノを弾き、母の影響で家にはいつもビッグバンドの曲が流れており幼少期から音楽に囲まれて過ごししていた。
  • 1958年、世界中がロックンロールに沸いていた、13歳の誕生日に初めてギターを手にする。
  • キングストン・アート・カレッジに通い、16歳の時にブルースに夢中になってギターを弾いていた。学校に通うよりもレコードとギターに熱中していて、学校をよくサボっていたため数か月で退学になっている。
  • 退学後、いくつかのバンドの加入と脱退を繰り返し、1963年の秋にその当時ロンドンで注目を集めていた「ヤードバーズ」に正式加入し、段々注目される存在になっていった。

 

※以下エリック・クラプトン – Wikipediaより参照

《主な経歴》

  • ジェフ・ベック、ジミー・ペイジと並ぶ世界3大ロック・ギタリストの一人とされている。
  • 『ロックの殿堂』を世界で初めて3度(ヤードバーズ、クリーム、ソロで)受賞し、2015年には『ブルースの殿堂』入りも果たした。
  • ローリング・ストーン誌の「もっとも偉大な100人のギタリスト」において第2位。世界的人気のあるギタリストとして認知度が高い。
  • 30年以上コンスタントにワールドツアーを行っている。
  • 日本武道館公演は96回と、外国人アーティストとしては最多。
  • 1963年、「ルースターズ」からミュージシャンとしてのキャリアが始まる。1~8月まで在籍。
  • 1963年、「ルースターズ」脱退後、別のバンドに参加したのち、その後まもなくして「ヤードバーズ」に加入。1965年にメンバーとの意見が合わずに脱退。
  • 1965年「ヤードバーズ」脱退後、「ブルースブレーカーズ」に参加。在籍期間は約半年と短かったが、このグループでの実績によりクラプトンの名が広く世間に認知され始めるようになった。このころ「Clapton is God」の落書きがロンドンの街中でされるようになり「ギターの神」と呼ばれるまでになった。
  • その後、ブルースのコピーばかりしていた「ブルースブレーカーズ」に飽き、1966年に音楽の追究を求めてジンジャー・ベイカーの誘いにより「クリーム」を結成。3ヵ月にわたる全米ツアーを実施し、大絶賛を浴びながら成功に収める。しかしバンド内の人間関係の悪化により68年11月に解散。
  • 「クリーム」解散後、「ブラインドフェイス」を設立するも、アルバム1枚のみですぐに解散した。アメリカツアーにも失敗している。
  • その後、新天地を求めて渡米し、デラニー&ボニー&フレンズとともに活動を共にする。デラニーにより歌を勧められ、多くの作曲をするようになった。
  • 1970年には「デレク・アンド・ザ・ドミノズ」を結成。デュアン・オールマンをゲストに迎えてクラプトンの代名詞ともいえる曲「レイラ」を録音した。1971年に、またもやメンバー間との不和により解散。
  • 様々なセッションに参加しながらソロ活動をスタート。1974年にはボブ・マーリーのカバー曲である「I Shot The Sheriff」で一位を獲得した(ソロ名義での一位はこの曲のみ)。
  • 1991年、転落事故で亡くなった息子のために『Tears In Heaven』を録音。1993年には年間最優秀曲に選ばれ、収録アルバムも最優秀アルバム賞を獲得した。
  • 1996年に映画『フェミノン』にカバー曲「Change the World」を提供。グラミーの最優秀レコード賞、最優秀楽曲賞、最優秀ポップ男性ボーカル賞を受賞した。
  • 1998年に、B・B・キングとともに映画『ブルース・ブラザーズ2000』に出演。
  • 2004年、イギリス政府により「大英帝国勲章 CBE」が授与される。
  • 1998年と2004年には、自身が所有するドラッグ更生診療所「クロスロードセンター」への資金捻出のために所有するギターをオークションに出品した。2004年に出品したオークション、なかでも長年愛用した56年製のストラトキャスター「ブラッキー」は日本円でおよそ1億520万円で落札され、その当時「世界一値段の高いギター」となった。
  • 2017年、自身のドキュメンタリー映画『Eric Clapton:Life in 12 Bars』がトロント映画祭にて上映された。

 

2.活動期間・所属事務所

所属事務所(レーベル)

  • ポリドール・レコード
  • アトコ
  • ワーナー・ブラザーズ
  • ダック
  • リプリーズ
  • サーフドッグ

 

3.ジャンル・活動は?

《活動》

  • シンガーソングライター
  • ギタリスト
  • 音楽プロデューサー

 

《ジャンル》

  • ロック
  • ブルース・ロック
  • ポップ・ロック
  • AC(アダルト・コンテンポラリー)
  • ハード・ロック

 

4.デビュー作は?

  • アルバム:『Five Live Yardbirds』1964.12.31
  • アルバム(ソロ名義) :『Eric Clapton』1970.8.16

 

《参考URL》

 

 

前回:『Last Smile』 LOVE PSYCHEDELICO|【今週のBGM】

 

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